21時の珈琲

企画職ワーママ(育休中)の育児、読書、考え事記録。

友人が大学を辞めたとき(人生変わった瞬間)

高校3年間、ずっと同じクラスの友人がいた。 友人は母子家庭で、妹がひとり。友人の母は、確かトラック運転手だったと思う。彼女は弁護士を目指していた。

 

友人は私より頭の回転が良かった。 高校3年の春。私はそれまでずっと音大を受験するつもりだったが、実力もコネもカネもまったくないので、焦点を一般の大学に切り替えたところだった。 予備校入塾時の偏差値は、英語42、日本史34。国語は得意で、60くらい。私は英語の基礎クラスを受講することにした。夏を過ぎたあたりで、予備校の授業が退屈になった。

 

「行ってももう学ぶことないんだよなー、でもお金もったいないから行かなきゃ…」と相談すると、友人は「わたしならいかない。その時間で問題集やった方がいいよ。なんのために予備校行ってるの?」と言った。高3でこれを言えるのはすごいと、今でも思う。私は授業に出なくなった。そして、私たちは同じ大学に進学した。

 

入学式を終えて、4月の下旬ごろ、友人から電話があった。声が震えている。どうしたの?と聞くと、退学することにした、と言う。

私は驚いて、素っ頓狂な声をあげたと思う。訳を聞いたが、あまり理解できなかった。入学金は父方が準備してくれたこと。お母さんに新しい彼氏ができたこと。新しい彼氏と一緒に住むこと。妹は反対していないこと。そんなことを言っていたと思う。とにかく今後のお金の工面ができなくなったので、辞めるのだと。私は、18歳なりに必死に説得した。入学金は払ってあるのだから、今からバイトして貯めれば下期の学費は準備できる、奨学金を借りればいい、など。でも、友人には届かなかった。彼女はさんざん泣いたあと、諦めたように言った。

 

「まみはいいなぁ、家族仲が良くって。うちもそうだったらいいのに。私は、お母さんと妹と3人で仲良く暮らしたいだけだよ。新しい彼氏とかいらない。どうしてこんな願いが叶わないの?」

 

その後、友人は大学を辞めた。それから数年間は連絡が取れなかったが、25歳ごろ、急にまた繋がるようになった。結婚するのだと言う。お腹の中にはもう赤ちゃんがいた。

それでも幸せになるのなら、と思った。だけど彼女は5年後に離婚して、それから3ヶ月後に再婚した。また、できちゃった結婚だった。

 

最後にその話を聞いて、もうすぐ5年が経つ。友人との連絡は、またとれなくなった。たぶんだけど、離婚したんだろう。

 

私はたまに、彼女が大学に通い続けていたら、と考えてしまう。少なくとも、世界の見方は増えた。友人は、世の中を知らなすぎた。この世は、18歳の少女が賢く生きていくには難しすぎるのだ。誰かの助けが必要だった。手を差し伸べてくれる良い大人がいたらいいのに。

 

この経験は、私の胸の中でずっと燻ってる。だから私は、子供たちが学校や大人と繋がれない場合の学習への接点とか、大人の学び直しや生涯学習に大変興味があって、いつか自分の手で今を生きる子供や、かつての子供たちを救いたいと考えている。私の友人に差し伸べられなかった手に、自分がなれるように。

 

今週のお題「人生変わった瞬間」